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ブランディングの本『ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと』感想
REVIEW
2022.02.01 update.
ただWebをつくるだけではなく、ブランディングもできるWebデザイナーでありたい……と思いつつ、恥ずかしながら、ちょっと前の私はブランディングについて「ロゴマークや印刷物、Webサイトやその他コミュニケーションツール全体の統一感をはかること」というふんわりとした認識しかありませんでした。
このままだとまずい気がする……! と危機感を抱き、まずはマーケティングの基礎知識を身につけようと関連書籍に目を通してみると、そこにもやはり「ブランディング」の文字が。一口にマーケティングといってもいろいろな手法がありますが、ブランディングはその中の重要な戦略のひとつであることは間違いないようです。
しかも、マーケターやコンサルタントの領域とされることが多い他のマーケティング手法と比べ、ブランディングはよりデザイナーの役割が大きいとなれば、デザインを生業とする者として、ここを避けて通るわけにはいきません。
そうしてブランディングの重要性を再確認し、でも具体的にどうすれば……と迷っていたところに偶然出会ったのが、こちらの『ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと』でした。
ブランディングと聞くと、高級ブランドにのみ必要なもの、自分には関係のないもの、と考える方が多いかもしれません。また、よく聞くけれども実際には何をしたらよいのかわからない、という方もいるかもしれません。この本はそのような方にこそ読んでいただきたいと思いつくりました。
今の私に必要なのはこれだ……! とピンときて、即注文。
夢中で読み終えてみると、そもそもブランディングは何か? や具体的なブランディングの手法はもちろん、日本のビジネス(特に中小企業の)とデザインの関わりについて普段から感じていたもやもやについてもわかりやすく説明されていて、頭の中がとてもクリアになりました。
デザイナーはもちろん、タイトル通り日本のビジネスを率いるすべての人に役に立つ本だと感じたので、僭越ながら簡単な内容の紹介と、私が読んで感じたことをシェアさせていただきます。
そもそも、ブランディングとは何か?
私が認識していた「ロゴマークや印刷物、Webサイトやその他コミュニケーションツール全体の統一感をはかること」は、確かにブランディングの一部ではありますが、それがすべてではありません。
そもそも、古ノルド語の「焼き印をつけること」を意味する“blandr”から派生した「ブランド」は、
商品やサービスを競合他社から明確に区別し識別させるための、名称、言葉、デザイン、シンボル、その他の特徴
と定義されています。
つまり、ロゴマークなどの明確に目に見えるものだけではなく、SNSやカスタマーサービスの応対など、消費者がブランドに触れるすべての機会で「らしさ」を感じること。これがブランドの本質である、と本書は説きます。
確かに、いくらブランディング以外のマーケティングに力を入れても、競合とは違うそのブランド「らしさ」がなければ、リピート購入するようなロイヤルカスタマー=ファンになってもらうことは難しいです。そして、成熟した市場であればあるほど、ファンの増加は事業の成長に直結してきます。
そのために、
企業・商品・サービスの強みを引き出し、本質を見極め、その本質をわかりやすく概念化し、その概念をバーバル(言語)とビジュアル(視覚)によって魅力的に表現して、消費者が直感的に感じるかたちに体現する
一連のブランディングのプロセスが必要であり、単なる見た目だけではない本質的な「デザイン」や「クリエイティブ」が必要なのです。
……と、ざっくりと文章でまとめてはみましたが、本書では図や具体的な事例も用いて説明されているので、デザインの仕事をしていて何となく理解してい(るつもりだっ)たふんわりとしたブランディングの概念がすっきり整理され、自分でもクライアントさんに口頭で説明できるくらいにはなれたのではと思います。
また、ロゴマークやWebデザインなどの目に見えるものだけではなく、消費者がブランドに触れる体験そのものもブランディングの対象ということを再認識し、やはりビジュアルも重要だけどその他の体験としてのデザイン(UXデザイン)も必要だな、とあらためて確認しました。
無料のワークシートでブランディングの実践もできる
ブランディングが必要なのはわかった、でも具体的にどうすればいいの? という疑問。それに対し、本書の著者であるアートディレクターの小山田 育さん、渡邊 デルーカ 瞳さんが実際にどのようにブランディングをおこなっているのかについて、順を追って説明されています。
さらに、本書で紹介されているブランディング・プロセスに対応した無料のワークシートがWebサイトでダウンロードできるので、本書の「Exercise」に従ってワークシートを記入するだけで、なんとブランディングの実践までできてしまいます。
私はちょうどタイミングよくロゴマークの制作から関わっている案件があったため、試しにそちらを対象に記入してみると、ブランドの方向性が明確になり、実際の制作にも役立ちました。
既存のブランドの見直しにも、デザイナーでなくてももちろん役に立つと思うので、皆さまも自分が関わっている商品・サービスを思い浮かべながら記入してみると、何か発見があるのではないでしょうか。
ブランディングが定着していない日本の中小企業
ブランディング先進国アメリカで立ち上げたデザイン事務所HI(NY)を共同経営し、日本を含む世界中のブランディングの仕事に携わる小山田さん、渡邉さん。
そのお二人から見て、日本、特に中小企業ではまだまだブランディングが定着していないようで、その理由には主に下記のふたつが挙げられています。
1.「デザイン」が、「見た目の良いものをつくること」という狭い意味で認識されている
本来の「デザイン」の、状況分析して問題解決する部分は主に広告代理店の役割と考えられており、最後のプロセスの一部である「見た目の良いものをつくること」だけがデザイナーの役割だと認識されている。そのため、クリエイティブを初期から導入せずマーケティング先導でブランド構築がされる、あるいは、ブランディングやマーケティング視点からの検討をせずいきなりデザイナーにロゴマークやWebサイトを発注する、といったケースが多い。
2. 高い品質の商品をつくる技術力はあるけど、「伝える」のは苦手
昔から続く村社会の影響で自己主張や自己表現をする機会が少なく、またハイコンテクストな(「行間を読む」ことが求められる)言語である日本語の影響で、せっかく高い品質の商品をつくる技術力を持っているのに、その魅力をうまく伝えるのが苦手である。
私はこれを読んで深く共感すると同時に、1については実際に問題解決もできるデザイナーの人材がまだまだ少なく、私もその領域まで至れていないことにも責任の一端があるし、2については日本人の中でもことさらアピール下手と言われている富山県民って……とそれぞれ凹みました。笑
ただ、1についてはこれからの取り組みで変わってきますし、2については謙虚な日本人の個性や美徳ともとらえることができる、と本書にも書かれているので、現実を直視しながら、地道にひとつずつ目の前の問題を解決していくしかない、とあらためて強く意識しました。
日本企業がグローバル展開で気をつけるべきこと
本書では、日本企業がグローバル市場へ進出したり、インバウンドを対象にビジネスを展開する時に気をつけるべきことについても書かれています。
ターゲット像を自分の経験や価値観だけで決めつけず、まずその感覚を疑ってみること。画一的な「外国人」ではなく多種多様な国籍、人種、文化の違いを考慮してターゲット設定を行うこと。英語でコミュニケーションを行う時は、誤解を招かないよう簡潔で明確な表現を心がけること、などなど。
ニューヨーク在住のアートディレクターという、華々しい肩書きを持つ著者からの問題提起は、正直説教くさい……と思わないというと嘘になりますが、グローバル市場やインバウンドへのビジネス展開という意味ではここ、富山県でさえまったく他人事ではありません。
いつまたグローバル展開に関わる機会が訪れてもいいように、私もすっかりあきらめていた英語の勉強をやっぱりちゃんとやり直した方がよいのでは……!? と身が引き締まりました。
さいごに
今進めているマーケティング検定の勉強から寄り道するような形で触れた本書でしたが、まったく無駄ではなく、むしろよりマーケティング方面の知識を広めよう、と勉強意欲が高まりました。
また、
マーケターの書いた難しいブランディング書籍より気軽に、そしてデザイナーの書いたものより実践的に読んでもらえるようにしました。
という触れ込みの通り、前知識なしでもわかりやすく、すぐ実践に移せて、まさにマーケティングを学ぼうとしているデザイナーである私の導入として最適な本だったと思います。
著者のおふたりご自身でデザインされているだけあって、装丁や本文デザインも参考にしたいくらいすてきで、ふだんビジネス書は電子書籍派の私ですがこの本に関しては紙の書籍を買って本当によかったです。
そして、デザイナーでなくても、ブランディングのことを知らないビジネスパーソンにとっても、きっと明日からの仕事に生かせることがこの本の中にはあると思います(そのため、あえて本のタイトルや帯文に「ブランディング」の文字を入れなかったそうです)。
この記事をきっかけに、ぜひ幅広い業種の方にブランディングへの興味を持っていただけたら、私もうれしいです。
『ニューヨークのアートディレクターがいま、日本のビジネスリーダーに伝えたいこと』
著者:小山田 育 | 渡邊 デルーカ 瞳
出版社:クロスメディア・パブリッシング(インプレス)